VII-37. ナチスによるヴェルサイユ体制の破壊
ナチスは高速道路([ 1. ])建設などの大規模な土木工事を行って失業者を減らすとともに,1936年から「四カ年計画」にもとづく戦争に向けた経済体制づくりに乗り出した。ナチスはヴェルサイユ条約の内容を次々に破っていった。33年,軍備平等権を主張して[ 2. ]から脱退した。35年には住民投票によって[ 3. ]地方を回復し,[ 4. ]をおこなって徴兵制を復活した。これに対して,フランスとソ連が[ 5. ]を結ぶと,ドイツは翌36年に[ 6. ]を破棄して,非武装地帯[ 7. ]に軍隊を進駐させた。ドイツのヴェルサイユ体制破壊の動きに対し,イギリスとフランスは[ 8. ]をとり,強硬な姿勢はとらなかった。
(1)ドイツが[ 2 ]を脱退した同じ1933年に日本も,満州国不承認の決議を不服として[ 2 ]を脱退した。(2)ドイツの[ 4 ]に対して,イギリスはドイツにイギリス海軍力の35%の保有を認める[ 9. ]を結び,ドイツの再軍備を事実上追認した。これは,[ 8 ]の始まりとされる。