II-13. 帝政前期
アクティウムの海戦に勝利した[ 1. ]は,[ 2. ]年に元老院から[ 3. ](尊厳者)の称号を与えられ,これがローマ帝政の始まりとされる。[ 1 ]はカエサルのようにならないように,元老院にも属州の一部の統治を任せ,共和政の伝統を尊重し,自分は市民のなかの第一人者([ 4. ])に過ぎないと自称した。そのため,帝政前期は[ 5. ]と呼ばれる。
「帝政前期」の一問一答問題です。
アクティウムの海戦に勝利した[ 1. ]は,[ 2. ]年に元老院から[ 3. ](尊厳者)の称号を与えられ,これがローマ帝政の始まりとされる。[ 1 ]はカエサルのようにならないように,元老院にも属州の一部の統治を任せ,共和政の伝統を尊重し,自分は市民のなかの第一人者([ 4. ])に過ぎないと自称した。そのため,帝政前期は[ 5. ]と呼ばれる。
[ 1. ]年の[ 2. ]帝による帝政の開始から[ 3. ]までの約200年間は「ローマの平和([ 4. ])」というローマの最盛期である。ローマ風の都市が各地に造られ,現在まで続く都市もある。現在のロンドンは[ 5. ],パリは[ 6. ],ウィーンは[ 7. ]と呼ばれていた。インド洋での季節風貿易も行われ,ローマはアジアから絹・香辛料などを輸入し,ブドウ酒・金貨などを輸出した。当時の貿易事情は,『[ 8. ]』に述べられている。
96年に即位した[ 1. ]から5人の皇帝を[ 2. ]と呼ぶ。この間,各皇帝は自分の子に帝位を継がせることはなく,元老院議員の最も有能な人物を養子として帝位を継がせた。2番目の[ 3. ]のときに現在のルーマニアにあたる[ 4. ]を属州とし,東方ではメソポタミアを一時征服して最大版図を築いた。その次の[ 5. ]は防衛に努め,現在のイギリスに当たる属州[ 6. ]に長城を築いた。[ 2 ]最後の皇帝が[ 7. ]で[ 8. ]派の哲人皇帝としても知られ,『[ 9. ]』をギリシア語で著した。また,『後漢書』の[ 10. ]は[ 7 ]とされる。