III-14. 封建社会の成立
西ヨーロッパは,古代末期から様々な民族・勢力の侵入があいつぎ,長い混乱期が続いた。この結果,商業と都市は衰え,社会は[ 1. ]を基本とする農業経済に移行した。また,度重なる外敵の侵入から我が身を守るために,弱者が強者に保護を求めた結果,[ 2. ](封建的主従関係)が成立した。封建社会は,[ 2 ](封建的主従関係)と,封建的主従関係で結ばれた有力者たちが持つ[ 3. ]の二つからなるもので,10~11世紀に成立した。
「封建社会の成立」の一問一答問題です。
西ヨーロッパは,古代末期から様々な民族・勢力の侵入があいつぎ,長い混乱期が続いた。この結果,商業と都市は衰え,社会は[ 1. ]を基本とする農業経済に移行した。また,度重なる外敵の侵入から我が身を守るために,弱者が強者に保護を求めた結果,[ 2. ](封建的主従関係)が成立した。封建社会は,[ 2 ](封建的主従関係)と,封建的主従関係で結ばれた有力者たちが持つ[ 3. ]の二つからなるもので,10~11世紀に成立した。
主君が家臣に[ 1. ]を与え,家臣は主君に[ 2. ]を誓い,軍事的奉仕の義務を負う関係を,[ 3. ]という。西ヨーロッパの[ 3 ]は,個人間の[ 4. ]関係である。主君が契約に反した場合,家臣は服従を拒否する権利があったし,契約に反しない限り複数の主君を持つこともできた。[ 3 ]の起源は,ローマ末期に行われた[ 5. ]と,ゲルマンの[ 6. ]にある。[ 5 ]は自分の土地を有力者に献上したのち,有力者から恩貸地として貸与してもらう制度。[ 6 ]は,自由民の戦士が有力者に保護してもらう代わりに忠誠を尽くすという制度であった。
周の封建制は,血縁に基づく氏族制的関係である。
封建制度で結ばれた主君も家臣も領地を持ち,それぞれ[ 1. ]として農民を支配していた。[ 1 ]の所有地を[ 2. ]という。[ 2 ]は,[ 1 ]が直接経営する[ 3. ],農民に貸与されている[ 4. ],および共同利用地からなっていた。農民は,移動の自由のない[ 5. ]と呼ばれる不自由民で,[ 3 ]を耕作する[ 6. ]や[ 4 ]での収穫物の一部をおさめる[ 7. ]の義務があった。さらに,結婚税・死亡税が課せられ,教会に[ 8. ]を払った。
荘園を所有していた領主は,国王の役人が荘園に入ることや課税することを拒む[ 1. ]を持っていた。領主に支配されていた不自由身分である[ 2. ]は,ローマ帝政末期に登場した,移動の自由のない小作人([ 3. ])や没落した自由農民の子孫で,長い混乱期に自由を失って,領主に保護を求めた人々である。[ 2 ]は,家族・住居・農具などの所有は認められていたが,移転の自由はなかった。さらに,領主は[ 4. ]によって[ 2 ]を裁くことができ,[ 2 ]を人格的に支配していた。初期の荘園における領主の収入の大部分は[ 2 ]に[ 5. ]を耕作させる[ 6. ]によるもので,自給自足的な現物経済が支配的であった。