I-4. 暗黒時代
前1200年頃に[ 1. ]文明が突然滅亡して,その後ギリシアは約400年間ほど文字史料がない[ 2. ]と呼ばれる混乱した時代に入った。この時代にギリシアは,[ 3. ]時代に移行した。
(1)ミケーネ文明の崩壊の原因については,「海の民」の侵入などがあげられてはいるがはっきりはわかっていない。(2)ギリシア人は方言の違いから,イオニア人・アイオリス人・ドーリア人に分かれる。
「暗黒時代とポリスの成立」の一問一答問題です。
前1200年頃に[ 1. ]文明が突然滅亡して,その後ギリシアは約400年間ほど文字史料がない[ 2. ]と呼ばれる混乱した時代に入った。この時代にギリシアは,[ 3. ]時代に移行した。
(1)ミケーネ文明の崩壊の原因については,「海の民」の侵入などがあげられてはいるがはっきりはわかっていない。(2)ギリシア人は方言の違いから,イオニア人・アイオリス人・ドーリア人に分かれる。
前1200年頃から約400年間ほどの[ 1. ]時代を経たのち,[ 2. ]世紀にポリスが成立した。貴族の指導のもと,[ 3. ](城山)と呼ばれる丘に神殿を建て,そこを中心に[ 4. ]して,都市国家ポリスが生まれた。[ 3 ]のふもとには,交易・裁判・集会などが行われる公共広場([ 5. ])があった。ポリスは城壁に囲まれた市域だけをいうのではなく,周辺の田園地帯もポリスに含まれる。また政治的には,ポリスの成立期に,ギリシアは王政から[ 6. ]へと転換する。
(1)ポリス市民は城壁の周辺に所有地をもっていた。それを「持ち分地」というが,くじで分配されたため,くじを意味するクレーロスと呼ばれる。(2)中国では,ポリスが成立した同時期の前770年に周が都を[ 7. ]から[ 8. ]に遷し,[ 9. ]時代が始まった時期に当たる。
ギリシアの諸ポリスは対立・抗争を繰り広げ,統一国家を作ることはなかったが,民族としての同一意識は持っていた。ゼウスを主神とする[ 1. ]12神の神話を共有し,自分たちのことを[ 2. ],異民族のことを[ 3. ]と呼んで区別していた。また,4年ごとの[ 4. ]の祭典や,[ 5. ]のアポロン神の神託などでも共通意識を深めた。
[ 4 ]の祭典が開かれる際には,一切の戦いが休戦とされた。フランスのクーベルタンはこれを理想視し,国際オリンピック大会の開催を提唱し,1896年にアテネで第1回大会が開催された。しかし,現在のオリンピックは第一次世界大戦で一度,第二次世界大戦で二度開催されなかった。なお,1940年は東京大会の予定であった。
人口増加による土地不足や政治的対立を背景に,[ 1. ]世紀からギリシア人は地中海や黒海で植民活動を行った。現在まで続いている都市も多く,[ 2. ]は現在のイスタンブル,[ 3. ]は現在のマルセイユ,[ 4. ]は現在のナポリである。なお,植民市は,政治的には母市から独立していた。また同じ頃,表音文字である[ 5. ]文字から[ 6. ]がつくられた。
前8世紀に始まる植民活動は,オリーブ油・ブドウ酒・陶器を輸出して穀物を輸入する貿易活動を活発化させた。さらに,前7世紀に小アジア[ 1. ]で始められた金属貨幣を使うようになると,商工業が発達し,商業や手工業に携わって富裕になる平民も現れた。ポリスの国防は,高価な武具を身につけ騎兵として戦う貴族が担っていたが,商工業の発達の結果,武具が安価になると,平民の中でも富裕なものが武器を自分で買って[ 2. ]として参戦するようになった。[ 2 ]が隊列を組んで戦う[ 3. ]という長槍密集隊形戦術が優勢となってくると,貴族による政権独占も動揺した。
スパルタは,[ 1. ]半島南部のラコニア平原にある[ 2. ]人のポリス。先住のギリシア人を征服してできた征服型のポリス。征服された先住のギリシア人は,[ 3. ]という隷属農民にされ,スパルタの完全市民(スパルティアタイ)が共有した。隷属農民の反乱に備えるため,独特の軍国主義と,市民の商工業活動を禁止して鎖国体制をとる[ 4. ]の制がとられた。貢納・従軍義務を負わされたが,参政権はない不完全市民である[ 5. ](周辺民)が商工業に従事した。
スパルタは,ギリシアの他の地域とは異なり,例外的に穀物が自給可能であり,鎖国体制をとることが出来た。