アレクサンドロス大王の東方遠征とヘレニズム諸国家

「アレクサンドロス大王の東方遠征とヘレニズム諸国家」の一問一答問題です。

2件の記事

0 / 16 件の答えを表示中

I-18. アレクサンドロス大王の東方遠征

ペルシア戦争後もたびたび干渉してきた朝ペルシアを討つために,はマケドニアとギリシア連合軍を率いて前年に東方遠征に出発した。前333年のの戦いでペルシアのを破り,いったんエジプトに侵入・征服したのちに,ペルシアを滅ぼした。その後,中央アジアの地方に進攻したのち,西北インドに入り,東は川におよぶ大帝国を築いた。
check_icon6アレクサンドロス大王は各地にアレクサンドリア市を築いた。エジプトだけではないことに注意!!

I-19. ヘレニズム諸国家

アレクサンドロス大王が急死したのちに,後継者()が争い,やがて大帝国は朝マケドニア・朝シリア・朝エジプトなどに分割された。西アジアを支配した[ 3 ]朝シリアはその後弱体化し,前3世紀半ばにはギリシア人がを,イラン系遊牧民がを建てて独立した。前334年のアレクサンドロス大王の東方遠征の開始から,を都とした[ 4 ]朝エジプトが滅亡した前30年までの約年間を時代と呼ぶ。
check_icon6ヘレニズム3国はすべてローマに滅ぼされた。アンティゴノス朝滅亡(前168年)→セレウコス朝滅亡(前63年)→プトレマイオス朝滅亡(前30年)の順。