西欧諸国とヨーロッパ統合

「西欧諸国とヨーロッパ統合」の一問一答問題です。

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VIII-30. イギリスの衰退

イギリスは第一次と第二次の両大戦における戦勝国ではあったが,第二次大戦後には多くの植民地が独立して勢いを失った。1945年に誕生したの政権は,重要産業の国有化をすすめるとともに,「ゆりかごから墓場まで」といわれた社会福祉制度の充実を図った。56年にはイーデン保守党政権が出兵で失敗し,翌年イーデンは辞任した。64年に成立したウィルソン労働党政権はポンド切り下げや[ 3 ]以東からの撤兵を行い,イギリスの影響力は大きく低下した。60年代,イギリスでは経済不振が続き,国際競争力が低下して国際収支が悪化した。これを「イギリス病」と呼ぶ。79年に誕生したの政権は,社会保障費の削減や国有企業の民営化などを行って「小さな政府」の実現をめざしたが,失業問題が深刻化した。82年に勃発した諸島をめぐる紛争でを破って支持率を回復した[ 5 ]政権は,急進的な経済改革を行って経済を好転させた。

VIII-31. ド=ゴールによる独自路線

フランスでは,1946年にによる臨時政府にかわってが発足した。しかし,[ 2 ]はフランス人入植者と結んだ駐留軍の反乱にあい,58年に崩壊した。[ 1 ]は議会の権限を抑制して大統領権限を強化するを発足させ,大統領に就任し,62年に[ 3 ]の独立を認めた(エヴィアン協定)。[ 1 ]は,64年に中国を承認し,66年にはの軍事機構から脱退する(現在は復帰している)など,米ソとは距離を置く独自の道を歩んだ。しかし,アメリカにおけるベトナム反戦運動がフランスにも飛び火し,学生・市民らによる大規模な異議申し立てが68年におきた()。この運動の結果,支持を失った[ 1 ]は69年に退陣した。
check_icon6フランスでは,1981年に社会党のが大統領となり,共産党を含む左派連合政権を樹立して,主要産業や銀行の国有化を進めたが,経済再建には失敗した。

VIII-32. 第二次世界大戦後のドイツ

ドイツは,第二次大戦後に米・英・仏・ソ4か国によるのもとに置かれていたが,1948~49年のを経て東西に分断された。(西ドイツ)は,キリスト教民主同盟の首相のもと,54年ので主権の回復・再軍備・NATO加盟が認められた。その後,[ 4 ]政権下の西ドイツは,60年代に「経済の奇跡」といわれる経済復興を成し遂げた。69年に首相となったのは,(東ドイツ)を承認したり,戦後に設定されたポーランドとの間の国境(オーデル=ナイセ線)を承認するなど,東欧諸国やソ連との関係改善を進めた()。一方,社会主義経済が行き詰まった東ドイツでは,89年に書記長が退陣し,が開放された。翌90年,キリスト教民主同盟の首相のもと,西ドイツが東ドイツを吸収し,ドイツ統一が実現された。

VIII-33. 南ヨーロッパ諸国の民主化

1967年以来軍事政権のもとにあったギリシアは,75年に民主政に復帰した。ポルトガルは,アフリカのやモザンビークにおける独立闘争を弾圧していたが,軍事費の増大が国民生活を圧迫した結果,1932年以来続いた軍事独裁体制が危機に陥った。74年の軍事クーデタでできた新政府は,75年に[ 1 ]やモザンビークの独立を認め,民主化を進めた。スペインでは,スペイン内戦終結時の39年以来,による独裁体制が続いていた。75年に[ 2 ]が死去すると,ブルボン朝の国王フアン=カルロス1世のもと,民主的な立憲君主政に移行した。

VIII-34. ヨーロッパ統合(1)

フランス外相は,二度の世界大戦の反省に立って,資源を共同管理することによって対立を防ごうとする構想([ 1 ]=プラン)を提案した。1952年,この提案にもとづいてフランス・・イタリア・3国(ベルギー・オランダ・ルクセンブルク)の6か国は(ECSC)を発足した。57年に調印されたローマ条約にもとづき,58年に6か国は(EEC)と(EURATOM)を設立させ,経済統合の歩みを進めた。67年に[ 4 ]・[ 5 ]・[ 6 ]の3共同体は,(EC)に一体化され,西ヨーロッパ統合の基礎が作られた。

VIII-35. ヨーロッパ統合(2)

イギリスは(EEC)に参加せず,1960年にデンマークやスウェーデンなどと(EFTA)を結成した。だが,[ 2 ](EFTA)は域外からの輸入品に共通関税をかけないことや市場規模の小ささゆえに[ 1 ](EEC)に立ちおくれた。イギリスは[ 1 ](EEC)への加盟を申請したが,フランス大統領の反対で交渉は難航した。67年に(EC)が結成され,69年に[ 3 ]が退陣すると,年にイギリス・アイルランド・デンマークの加盟が認められ,へと発展した。

VIII-36. ヨーロッパ統合(3)

1992年,オランダので経済統合にとどまらず政治統合をも展望する条約([ 1 ]条約)が結ばれ,(EU)が誕生した。99年には共通通貨が導入され,2002年から通貨の流通も開始された。
check_icon6(1)[ 3 ]は全加盟国で導入されたものではなく,イギリスは参加せず,現在でも独自通貨ポンドを使用している。(2)[ 2 ](EU)にはギリシアの経済危機に端を発する問題や,EU域内における移動の自由を保障したシェンゲン協定がシリアを初めとする中東からの大量の難民流入によって危機に瀕している問題などが存在する。さらに,イギリスでは,EUからの離脱か残留かをめぐる国民投票が2016年に実施され,離脱支持が多数を占め,17年に離脱交渉が始まる予定である。