1939年3月にを解体したヒトラーは,さらにに対して(現グダニスク,グダンスク)の返還とを通って東プロイセンにいたる陸上交通路を要求した。この情勢下,イギリス・フランスが[ 2 ]の安全保障を約束したので,[ 2 ]はドイツの要求を拒否した。一方,イギリス・フランスに不信感を持っていたソ連のと,英・仏とソ連という二正面作戦は避けたいと考えたヒトラーの利害が一致し,39年8月に電撃的にが結ばれた。ドイツは,9月1日に[ 2 ]に侵攻し,それに対し英・仏が9月3日にドイツに宣戦して第二次世界大戦が始まった。
(1)[ 6 ]の秘密議定書では,独ソ両国による[ 2 ]分割と東ヨーロッパの勢力圏を定めていた。それによると,フィンランド・バルト3国はソ連の勢力範囲とされていた。この秘密議定書に従って,9月半ばにソ連も[ 2 ]に侵攻した。(2)ソ連がドイツのファシズムと手を結んだことは大きな衝撃を与えた。反ファシズム統一戦線であった運動が動揺したほか,満州国とモンゴル国境のノモンハンでソ連と衝突していた日本にも大きな衝撃を与え,時の平沼騏一郎内閣は欧州情勢は「複雑怪奇」という声明を出して総辞職した。