1921~22年の会議では,米・英・日・仏・伊5大国の主力艦保有トン数と保有比率を定める条約が結ばれ,米・英・日・仏・伊の保有比率は5:5:3:1.67:1.67とされ,アメリカはイギリスと対等の海軍力を持つことを認められた。また,米・英・日・仏4か国で,太平洋諸島の現状維持との解消をもたらす条約が結ばれた。さらに,列強による中国進出の機会均等を確認する条約が結ばれたが,石井=ランシング協定が破棄され(参照:XII-26),日本は山東省の利権を中国へ返還した結果,日本の立場は要求以前の状態にもどされた。これらの条約によってつくられた東アジア・太平洋域の国際秩序を[ 1 ]体制と呼ぶが,これはアメリカが中心となって日本の進出をおさえるもので,太平洋戦争へといたる日米間の重要な争点をなすものであった。