VII-4. ヴェルサイユ体制(1)

[ 1.パリ講和会議 ] で成立したヨーロッパの国際秩序をヴェルサイユ体制と呼ぶ。ヴェルサイユ体制では,ドイツの弱体化と,ソヴィエト政権の封じ込めが図られた。東欧とバルカンでは, [ 2.民族自決 ] 原則のもと,新興独立国が誕生した。ロシアから [ 3.フィンランド ] とバルト3国(エストニア・ラトヴィア・ [ 4.リトアニア ] )が独立し,オーストリアからハンガリー・ [ 5.チェコスロヴァキア ] と,のちのユーゴスラヴィアが独立した。さらに,旧ロシア領とドイツ領の一部を合わせて [ 6.ポーランド ] が独立した。しかし,英・仏・米は植民地を放棄する意志はなく,アジア・アフリカにおいては[ 2 ]原則は適用されなかった。中東においては,イラク・トランスヨルダン・ [ 7.パレスチナ ] がイギリスの, [ 8.シリア ] がフランスの [ 9.委任統治領 ] とされた。
check_icon6(1)ユーゴスラヴィアは,セルブ=クロアート=スロヴェーン王国が1929年に改称した国名。(2)キリスト教徒の住民が多いレバノンは,フランスにとって統治しやすい地域だったため,シリアからのちに分離された。