イスラーム帝国を築いた朝が9世紀前半から,トルコ人奴隷出身の軍人であるを親衛隊として用いるようになると,やがて[ 2 ]軍団がカリフを廃立するなど政治に介入するようになり,[ 1 ]朝カリフの力は衰えていった。このような混乱に乗じて,穏健派を奉じる人の軍事政権である朝が946年にバグダードを占領した。[ 5 ]朝は[ 3 ]派であったが,アッバース朝カリフを保護する代償として,の地位を得て,カリフにかわりイスラーム法を施行した。また,9世紀以降に地方政権が自立したことで税収が減少し,[ 1 ]朝の国家財政は破綻していたため,[ 5 ]朝は現金での給与(アター)の代わりに土地の徴税権を軍人に与える制を創始した。[ 7 ]制は,[ 5 ]朝を倒した朝が継承し,エジプトの[ 2 ]朝や,1299年に小アジアに建国された帝国へと引き継がれた。
(1)[ 1 ]朝は,1258年に率いるモンゴル軍に滅ぼされた。(2)[ 9 ]帝国では,[ 7 ]制のことをティマール制という。