X-34. アッバース朝の衰退

イスラーム帝国を築いた [ 1.アッバース ] 朝が9世紀前半から,トルコ人奴隷出身の軍人である [ 2.マムルーク ] を親衛隊として用いるようになると,やがて[ 2 ]軍団がカリフを廃立するなど政治に介入するようになり,[ 1 ]朝カリフの力は衰えていった。このような混乱に乗じて,穏健 [ 3.シーア ] 派を奉じる [ 4.イラン ] 人の軍事政権である [ 5.ブワイフ ] 朝が946年にバグダードを占領した。[ 5 ]朝は[ 3 ]派であったが,アッバース朝カリフを保護する代償として, [ 6.大アミール ] の地位を得て,カリフにかわりイスラーム法を施行した。また,9世紀以降に地方政権が自立したことで税収が減少し,[ 1 ]朝の国家財政は破綻していたため,[ 5 ]朝は現金での給与(アター)の代わりに土地の徴税権を軍人に与える [ 7.イクター ] 制を創始した。[ 7 ]制は,[ 5 ]朝を倒した [ 8.セルジューク ] 朝が継承し,エジプトの[ 2 ]朝や,1299年に小アジアに建国された [ 9.オスマン ] 帝国へと引き継がれた。
check_icon6(1)[ 1 ]朝は,1258年に [ 10.フラグ ] 率いるモンゴル軍に滅ぼされた。(2)[ 9 ]帝国では,[ 7 ]制のことをティマール制という。