タイのチャオプラヤ川流域は7世紀から11世紀頃まで人のが支配し,が盛んに行われた。雲南方面から南下してきたタイ人は,13世紀半ばに最初の王朝である朝をタイ北部におこし,[ 3 ]を受容し,タイ文字を制定した。1351年に成立したタイ人の朝は,クメール人がカンボジアに建てた朝を15世紀に滅ぼし,また[ 4 ]朝を併合した。17世紀に[ 5 ]朝は,中国・日本やヨーロッパ諸国との交易の中心として栄え,[ 3 ]を保護した。[ 5 ]朝は,1767年にビルマの朝に滅ぼされた。1782年に[ 5 ]朝の武将であったチャクリがバンコクを都とする朝をおこし,ビルマの[ 7 ]朝の侵入を撃退した。[ 8 ]朝は,現在まで続くタイの王朝である。
(1)「タイ」という国号は1939年からのもので,旧称はヨーロッパ人が[ 5 ]朝を指す呼称として用いた「シャム」である。(2)[ 5 ]朝が成立した1351年は,ゴロで「鮎じゃないよ,父さん鯉だよ」と覚えよう!!