XI-21. 中国支配下のベトナム

前漢の武帝が,南越を倒してベトナム北部に [ 1.交趾郡 ] ,ベトナム中部に [ 2.日南郡 ] を設置して以来,ベトナムは1000年以上にわたり中国の支配下に置かれた。後漢の [ 3.光武帝 ] の時には,ベトナム北部で徴(チュン)姉妹の反乱という民族的反抗がおきたが,鎮圧された。唐代には, [ 4.安南都護府 ] がベトナム北部を統治したが,唐末五代の中国の混乱期にベトナム人は独立を果たした。一方,ベトナムの中部では,2世紀に [ 5.チャム ] 人が中国の後漢の支配から独立し, [ 6.チャンパー ] を建てた。中国では[ 6 ]を,2~8世紀頃までは [ 7.林邑 ] ,8世紀半ばからは環王,9世紀半ばからは [ 8.占城 ] と呼んだ。[ 6 ]は15世紀後半に [ 9.黎朝 ] 大越の支配下に入り,17世紀に滅亡した。
check_icon6宋代の中国に導入された日照りに強い早稲種の[ 8 ]稲は,[ 6 ]原産である。