前漢の武帝が,南越を倒してベトナム北部に,ベトナム中部にを設置して以来,ベトナムは1000年以上にわたり中国の支配下に置かれた。後漢のの時には,ベトナム北部で徴(チュン)姉妹の反乱という民族的反抗がおきたが,鎮圧された。唐代には,がベトナム北部を統治したが,唐末五代の中国の混乱期にベトナム人は独立を果たした。一方,ベトナムの中部では,2世紀に人が中国の後漢の支配から独立し,を建てた。中国では[ 6 ]を,2~8世紀頃までは,8世紀半ばからは環王,9世紀半ばからはと呼んだ。[ 6 ]は15世紀後半に大越の支配下に入り,17世紀に滅亡した。
宋代の中国に導入された日照りに強い早稲種の[ 8 ]稲は,[ 6 ]原産である。