481年にフランク人は,家のによって統一された。[ 2 ]は,正統派の派に改宗して,ローマ人貴族層の支持を取り付けた。だが8世紀になると,分割相続などが原因で[ 1 ]家は衰え,行政・財政面の長官である職を世襲化する家に実権が移っていった。732年にの戦いで,[ 4 ]のがフランク領内に侵入してきたイスラームの朝軍を撃退すると,その子は年にローマ教皇の支持を得て[ 1 ]朝を廃して[ 5 ]朝を建てた。
カロリング朝ができた751年に,中央アジアでは,の戦いで唐軍がイスラームの朝軍に敗れた。