ビザンツ帝国は,東ローマ帝国の別称。首都の旧名がであり,東ローマ帝国で7世紀にギリシア化がすすんだために「ビザンツ帝国」と呼ばれるようになった。ビザンツ帝国は西ヨーロッパと異なり,ゲルマン人の大移動で大きな打撃を受けなかったため商業と貨幣経済は衰えることはなかった。また,ローマ帝政末期以降の官僚制にもとづく皇帝専制支配が維持されていた。中世の西ヨーロッパにおいては教皇と皇帝の二つの権力が並び立って争ったが,ビザンツ帝国では皇帝がを直接支配していた。これをという。13世紀前半の第回十字軍により[ 1 ]が占領され,ビザンツ帝国は一時中断した。その後復活したが,以前の繁栄はもどらず,年にオスマン帝国のにより滅ぼされた。