III-41. イギリス王権の制限(1)

1066年に [ 1.ウィリアム1世 ] が建てた [ 2.ノルマン ] 朝は征服王朝であり,検地帳をつくるなど封建社会としては例外的に王権が強かった。 [ 3.1154 ] 年に [ 4.プランタジネット ] 朝を建てた [ 5.ヘンリ2世 ] は,フランス国王の家臣 [ 6.アンジュー ] 伯としてフランス内に広大な所領をもっていた。その子 [ 7.ジョン ] 王は,フランス王 [ 8.フィリップ2世 ] に敗れて大陸領の大半を失い,さらに教皇 [ 9.インノケンティウス3世 ] と争って破門され,屈服した。その上,戦費をまかなうために重税を課したため,貴族が反抗し,1215年に [ 10.大憲章(マグナ=カルタ) ] を[ 7 ]に認めさせた。これは,新たな課税には高位聖職者と大貴族からなる会議の同意が必要であることなどを定めたもので,法による王権の制限であり,イギリス憲法の始まりとされる。