インド航路の開拓においてポルトガルに遅れたの女王は,東に向かったポルトガルとは逆方向のでインドへ向かおうとするを支援した。ジェノヴァ生まれの[ 4 ]は,「大地は球形で西に向かう方がインドへの近道だ」というフィレンツェの天文学者の説を信じ,アジアを目指して西に向かって航海し,年にカリブ海の島に到達した。[ 4 ]はその土地をインドの一部であると誤解したため,その土地の先住民をと呼び,また到着した地は「西インド諸島」と呼ばれるようになった。
コロンブスは「インドに到達した」と主張したが,ポルトガルは何らかの形でコロンブスが到達した地はインドではないと確信したようで,そのまま東回りのインド航路開拓を目指した結果,1498年にヴァスコ=ダ=ガマがインド航路を開拓した。