スペインの「征服者」(コンキスタドール)はキリスト教布教の名の下に侵略を行った。メキシコ高原では1521年にが王国を滅ぼし,アンデス高地では1533年にが帝国を滅ぼした。スペイン国王は,征服地の先住民のキリスト教化と保護を条件に,植民者が先住民を労働力として使役することを認める制を採用した。[ 5 ]制の下,スペイン人植民者はを酷使し,またヨーロッパからもたらされた天然痘などの疫病のために,[ 6 ]の人口が激減した。これに対して,ドミニコ派修道士であるのように[ 6 ]の奴隷化を防止しようとした人物もいた。なお,[ 6 ]の人口が激減したことを受けて,大西洋三角貿易の一環として西アフリカから黒人奴隷がもたらされた。
(1)コルテス:アステカ,ピサロ:インカの組合せは文字数が同じであると覚えておこう。(2)[ 5 ]制は,17世紀になるとインディオや黒人奴隷を使役するアシエンダ(大農園)制に移行した。