VI-50. ネップとソ連の成立

戦時共産主義による穀物の強制徴発は,農民の生産意欲を失わせて経済危機が深まり,多数の餓死者を出した。そこでレーニンは,1921年に戦時共産主義を廃止し,農民に余剰農産物の自由販売を認め,中小企業の私的営業を認める [ 1.新経済政策(ネップ) ] を実施した。[ 1 ]は資本主義的要素を一部容認するもので,経済も回復に向かった。1922年,ロシア・ [ 2.ウクライナ ] ・ベラルーシ(白ロシア)・ザカフカースの4ソヴィエト共和国からなる [ 3.ソヴィエト社会主義共和国連邦 ] (ソ連,ソ連邦)が成立した。第一次世界大戦後に国際的に孤立していたドイツは,1922年にソヴィエト政権と [ 4.ラパロ ] 条約を結んで国交を樹立した。イギリスは,1924年に [ 5.マクドナルド ] 労働党内閣のもとでソ連を承認した。アメリカは,1933年に [ 6.フランクリン=ローズヴェルト ] 大統領のもとでソ連を承認した。