VI-42. 第一次世界大戦中のイギリスの秘密外交

イギリスは1915年,オスマン帝国の背後を攪乱(かくらん)させようと,アラブ人がオスマン帝国への反乱をおこすことを条件にアラブ国家の独立を認める [ 1.フセイン(フサイン)=マクマホン協定 ] を結んだ。だがイギリスは翌年,フランス・ロシアとオスマン帝国領を分割する [ 2.サイクス=ピコ協定 ] を結び,さらに1917年にはユダヤ人の協力を得るために,ユダヤ人のパレスチナ復帰運動を援助することを約した [ 3.バルフォア宣言 ] を発した。これらの協定・宣言は矛盾した内容を含んでおり,現在に至るまでのユダヤ人とアラブ人との紛争の原因をつくった。だが,内容は公表されず,当事者しか知り得ない [ 4.秘密条約 ] として結ばれたため,締結直後には矛盾は明らかにならなかった。だが,ロシア十月革命(十一月革命)で成立した [ 5.ソヴィエト ] 政権が[ 2 ]などを暴露すると,連合国の戦争遂行と戦後の状況に大きな影響を及ぼした。