オーストリアのバルカン半島進出に対し,ロシアはセルビア・・モンテネグロ・ギリシア4か国にを締結させた。リビアをめぐって1911年におきた戦争に乗じて,[ 2 ]は1912年にオスマン帝国に宣戦し,翌年勝利してバルカン半島のオスマン帝国領の大半を奪った(第1次バルカン戦争)。だが,領土配分をめぐって[ 1 ]と他の諸国との対立がおき,第2次バルカン戦争が勃発した。この戦争に敗れた[ 1 ]はドイツ・オーストリア側に接近した。列強の利害と民族・宗教が複雑にからみあった当時のバルカン半島は「」と呼ばれた。