19世紀後半に資本主義は,自由競争の時代から,少数の巨大企業が市場を支配するの時代に入った。この時期,欧米諸国は国内の余剰資本を後発国や植民地に投資するを行うが,その資本の投下先,原料供給地・市場を求めるようになる。その対象となったのがアジア・アフリカであり,武力をもって植民地や勢力圏を獲得しようとした。この動きが帝国主義である。帝国主義は,当時高まっていた労働運動や社会主義運動に対して,国内統合の手段としても必要とされた。このことは,ケープ植民地首相であったが内乱を防ぐには植民地が必要であると発言していることにあらわれている。欧米諸国が競って軍備を増強して対外膨張政策を展開していった背景としては,1870年代からイギリスの経済力が低下して,」と呼ばれるイギリスの覇権が陰りを見せるようになった結果,イギリスに挑戦することが可能となったことが上げられる。