14世紀に世界は寒冷化し,世界各地で天候不順による不作や飢饉が続き,自然災害や疫病が多発した。このような状況下,元朝の支配が衰えた。元末に,民間の仏教系宗教結社が起こした農民反乱が拡大し,貧農出身のがその中から頭角を現し,年に(現在の南京)で皇帝の位についた。[ 3 ]は廟号の呼び名で明のと呼ばれるが,明代から皇帝が自らの治世下で元号を変更しないの制が始まったため,元号を用いてとも呼ばれる。明軍に追われた元の朝廷はモンゴル高原に退き,を建てたが,[ 8 ]の攻撃により2代で滅亡した。南京を都として中国を統一した明は,江南からおこって中国を統一した初めての王朝となった。
「こうきん」の乱は2つある。後漢末に起きたのが「黄巾」で,元末におきたのは「紅巾」である。