IX-63. 金

ツングース系の [ 1.女真(女直) ] は中国東北地方の東部で半農・半猟・半牧の生活を営んでいたが,長くモンゴル系の [ 2.契丹 ] (遼)の支配下にあった。1115年, [ 3.完顔阿骨打(太祖) ] が独立し, [ 4.] を建てた。[ 4 ]は宋と結んで,1125年に[ 2 ](遼)を滅ぼした。その後,宋が背信行為を働いたこともあり,[ 4 ]はさらに南下し,1127年に宋を滅ぼした( [ 5.靖康の変 ] )。[ 4 ]は[ 2 ](遼)の二重統治体制を受け継ぎ,漢人には州県制で統治する一方,[ 1 ]人には部族制にもとづく [ 5.猛安・謀克 ] という軍事・行政制度を適用した。[ 4 ]では,[ 2 ]文字と漢字を模した[ 1 ]文字が作られた。