科挙で詩作が重んじられたこともあり,唐詩が隆盛となった。詩人・画家の王維は,自然美を歌い,画家としては山水画を描いた人物で,のちに「南画の祖」とされた。一時玄宗に仕え,「詩仙」と称された,「春望」などで知られ「詩聖」と称される,玄宗と楊貴妃をうたった「長恨歌」で知られるらが活躍した。唐後期の文学者で唐宋八大家に数えられる(韓退之)とは,形式美を追う(表示している駢の字は簡易慣用字体のもの,教科書を見て正確な字を確認すること)に対し,漢以前の力強い古文復興を唱えた。絵画では,人物画や山水画,仏画などあらゆる絵画分野で唐随一とたたえられたが有名である。唐初の書家である,ちょ遂良(漢字:楮の字のきへんがころもへん)は則天武后を皇后とすることに反対したため,高宗から左遷された。また書家では,安史の乱で義勇軍を率いて反乱軍と戦ったが有名である。工芸では,で知られる陶磁器が有名である。
[ 4 ]と[ 5 ]の他の唐宋八大家で重要なのは,宋代の次の3人。『新唐書』などを著した,「赤壁賦」で知られる,神宗のもとで改革を実施したである。