唐代の文化は,東西交易が盛んとなったことを背景に国際色豊かなものであった。当初,主な担い手は貴族だったため,貴族的性格が強かったが,唐代の中期からは貴族趣味を脱した。儒学は,科挙の試験科目となり,経書の字句解釈を主とする漢代以来のが重視され,太宗の命により科挙のテキストとして,が『』をつくった。仏教は帝室・貴族に支持されて栄えた。往復とも陸路でインドにおもむいたや,往復とも海路を用いたが経典を持ち帰り,仏典の翻訳が進められた。しかし,9世紀半ばには会昌の廃仏と呼ばれる仏教弾圧も行われた。唐の後半には,阿弥陀浄土信仰を説くや,座禅によって悟りを得ようとするがさかんとなった。
[ 4 ]はインドの朝のハルシャ王の厚遇を得て,僧院で学び,帰国後『』を著した。[ 5 ]は帰国途中にスマトラ島ので『』を著した。