IX-53. 唐の動揺-玄宗と安史の乱-

中宗の皇后韋后(いこう)を倒し,その後帝位についた [ 1.玄宗 ] は,秩序の再建に取り組み,安定をもたらしたので,治世の前半は「開元の治」とたたえられる。しかし,晩年に [ 2.楊貴妃 ] を寵愛すると,[ 2 ]の一族が実権を握るようになった。それに反発した [ 3.節度使 ] [ 4.安禄山 ] とその部下の [ 5.史思明 ] が反乱を起こした。この [ 6.安史の乱 ] (755~63年)は, [ 7.ウイグル ] の援軍を得てようやく鎮圧された。これ以降,内地にも置かれるようになった[ 3 ]が,行政・財政権を握って自立し, [ 8.藩鎮 ] と呼ばれる独立勢力となった。また,[ 7 ]やチベットの [ 9.吐蕃 ] もしばしば侵入してきて唐の領土は縮小した。
check_icon6(1)[ 4 ]はソグド系で,3節度使を兼ねていた。(2)唐は751年に中央アジアで起こった [ 10.タラス河畔の戦い ] でアッバース朝に敗れ,中央アジアから後退した。この戦いで捕虜となった唐の紙漉工(かみすきこう)が製紙法をイスラーム世界に伝えた。