IX-45. 科挙

598年,隋の [ 1.文帝 ] は,魏が始めた官吏登用法である [ 2.九品中正 ] を廃し,儒学の試験による [ 3.科挙(選挙) ] を導入した。これは,広く人材を求めて,貴族による高級官職独占を防止しようとする試みであった。だが,隋・唐代には[ 3 ]によらず,父祖の官職に応じて任官できる蔭位(おんい)の制があり,貴族による高級官職独占は続いた。690年に唐を中断させた [ 4.則天武后 ] が建てた [ 5.] では科挙官僚が積極的に登用され,政治の担い手が門閥貴族から科挙官僚に移る一つの転機となった。唐末・五代の時代に貴族が没落すると,宋代に皇帝が行う最終試験 [ 6.殿試 ] が導入され,[ 3 ]は完成した。[ 3 ]は元代に一時中断されたが,清末の [ 7.1905 ] 年まで続いた。