仏教は1世紀頃に中央アジア経由で中国へもたらされ,魏晋南北朝のころに社会一般に広まるようになった。4世紀初めに,西域の亀茲(クチャ)出身のが洛陽に来て布教し,5世紀初めには西域の亀茲(クチャ)出身のが長安に迎えられて経典を漢訳した。また,東晋の僧は経典を求めて朝時代のインドへ西域経由の陸路で行き,海路で帰国し,のちに『』を著した。仏教の普及とともに華北で,多くの石窟寺院がつくられた。甘粛省のでは4世紀から莫高窟(ばっこうくつ)が開削された。仏教を国家的に保護した北魏の時代には,前期の都である平城近郊のや,後期の都である洛陽近郊のに石窟寺院がつくられた。しかし,北魏の第3代皇帝は道教を国教化し,仏教を弾圧した(廃仏)。