秦のは都の(現在の西安付近)から全土を直接統治する中央集権体制を築こうとした。中央から官僚を派遣して統治させるを全土に施行し,度量衡・文字の統一を図るとともに,銅銭であるを鋳造して貨幣も統一した。また,医薬・占い・農業関係以外の書物をすべて焼くや,数百人の儒者を穴埋めにして殺すによる思想統制を行った。北方からの騎馬遊牧民の侵入に対抗して戦国諸国が築いていたを修築し,南方では華南を征服してなど3郡を置いた。
秦の時代には紙はまだないので,焚書で焼かれた「書物」とは細長い木片や竹片の・であることに注意。