清朝は,中国統治にあたっては科挙や官制などは明の制度をほぼ受け継ぎ,儒教を尊重した。中央官制の要職には満洲(満州)人と漢人を同数置くを採用した。また,現存するものとしては中国史上最大の類書(百科事典)である『』,第4代皇帝が編纂させた字書である『』,第6代皇帝が編纂させた一大叢書である『』などの大規模な編纂事業をおこして学者を優遇した。一方,漢人男性には満洲(満州)人の風習であるを強制し,反満洲(満州)的な言論に対してはで厳しく弾圧し,また反満洲(満州)的な図書はとした。外来のヨーロッパ文化には寛容で,宣教師がもたらした暦学・数学・絵画などを重用したが,中国布教の方針をめぐるがおこると,第5代皇帝はキリスト教布教を禁止した。軍制では,満洲(満州)人・モンゴル人・漢人からなるを編成したほか,漢人で編成する治安維持部隊であるをおいた。