『四書大全』『五経大全』などの編纂によって,朱子学は固定化・停滞へと向かったが,これを打破して儒学を新たに発展させたのがであった。南宋のの学説を発展させた[ 1 ]は,心そのものが理()であり,無学な庶民や子どもでも心の中に真正なる道徳をそなえていると主張し,その心のままに実践を行う()ことを説く,をおこした。実践と実用を重んじる[ 5 ]は,朱子学に不満を持つ人々に受け入れられ,江戸時代の日本にも影響を与えた。明末の[ 5 ]の急進派である李贄(りし)は,生まれながらの純真な心を「童心」と称して尊び,ついには孔子や儒教経典を不完全なものと否定すると,危険思想として捕らえられ獄死した。陽明学に対する反動として,明末清初に経典に確実な証拠を求めて実証的に研究しようとするがあらわれた。『日知録』を著したや,『明夷待訪録』を著したらが[ 6 ]の基礎を築いた。