IX-102. 明代の農業の発達

明は成立当初,小農民に依拠する経済と財政の形成をめざし,人の移動や貨幣流通も制限した。明が農村を統制し,保護したこともあり,農業生産力は高まった。長江下流域の江南では,二毛作が進展し,技術改良で稲作がさらに進展し,16世紀に江南はほぼ開発しつくされた。明の建国者 [ 1.洪武帝 ] が綿花の栽培を奨励したこともあり,綿花栽培が全国に広まった。16世紀に入り国際商業が活発化すると,江南では [ 2.綿織物 ] や絹織物などの家内制手工業がさかんとなったほか,絹織物業が発達した江蘇省の [ 3.蘇州 ] や浙江省の [ 4.杭州 ] が商工業都市として発展した。。宋代に「 [ 5.蘇湖(江浙)熟すれば天下足る ] 」といわれた穀倉地帯の江南には,明成立後も重い税や小作料が課せられたため,農民は副業として家内制手工業に精を出すようになった。その結果,明末には長江中流域(現在の湖北・湖南省)が新たな穀倉地帯となり,「 [ 6.湖広熟すれば天下足る ] 」と称せられるようになった