明は成立当初,小農民に依拠する経済と財政の形成をめざし,人の移動や貨幣流通も制限した。明が農村を統制し,保護したこともあり,農業生産力は高まった。長江下流域の江南では,二毛作が進展し,技術改良で稲作がさらに進展し,16世紀に江南はほぼ開発しつくされた。明の建国者が綿花の栽培を奨励したこともあり,綿花栽培が全国に広まった。16世紀に入り国際商業が活発化すると,江南ではや絹織物などの家内制手工業がさかんとなったほか,絹織物業が発達した江蘇省のや浙江省のが商工業都市として発展した。。宋代に「」といわれた穀倉地帯の江南には,明成立後も重い税や小作料が課せられたため,農民は副業として家内制手工業に精を出すようになった。その結果,明末には長江中流域(現在の湖北・湖南省)が新たな穀倉地帯となり,「」と称せられるようになった