カテゴリー別アーカイブ: 帝政前期

II-13. 帝政前期

アクティウムの海戦に勝利した [ 1.オクタウィアヌス ] は, [ 2.前27 ] 年に元老院から [ 3.アウグストゥス ] (尊厳者)の称号を与えられ,これがローマ帝政の始まりとされる。[ 1 ]はカエサルのようにならないように,元老院にも属州の一部の統治を任せ,共和政の伝統を尊重し,自分は市民のなかの第一人者( [ 4.プリンケプス ] )に過ぎないと自称した。そのため,帝政前期は [ 5.元首政(プリンキパトゥス) ] と呼ばれる。

II-14. 「ローマの平和」

[ 1.前27 ] 年の [ 2.アウグストゥス ] 帝による帝政の開始から [ 3.五賢帝 ] までの約200年間は「ローマの平和( [ 4.パクス=ロマーナ ] )」というローマの最盛期である。ローマ風の都市が各地に造られ,現在まで続く都市もある。現在のロンドンは [ 5.ロンディニウム ] ,パリは [ 6.ルテティア ] ,ウィーンは [ 7.ヴィンドボナ ] と呼ばれていた。インド洋での季節風貿易も行われ,ローマはアジアから絹・香辛料などを輸入し,ブドウ酒・金貨などを輸出した。当時の貿易事情は,『 [ 8.エリュトゥラー海案内記 ] 』に述べられている。

II-15. 五賢帝

96年に即位した [ 1.ネルウァ ] から5人の皇帝を [ 2.五賢帝 ] と呼ぶ。この間,各皇帝は自分の子に帝位を継がせることはなく,元老院議員の最も有能な人物を養子として帝位を継がせた。2番目の [ 3.トラヤヌス ] のときに現在のルーマニアにあたる [ 4.ダキア ] を属州とし,東方ではメソポタミアを一時征服して最大版図を築いた。その次の [ 5.ハドリアヌス ] は防衛に努め,現在のイギリスに当たる属州 [ 6.ブリタニア ] に長城を築いた。[ 2 ]最後の皇帝が [ 7.マルクス=アウレリウス=アントニヌス ] [ 8.ストア ] 派の哲人皇帝としても知られ,『 [ 9.自省録 ] 』をギリシア語で著した。また,『後漢書』の [ 10.大秦王安敦 ] は[ 7 ]とされる。