アクティウムの海戦に勝利したは,年に元老院から(尊厳者)の称号を与えられ,これがローマ帝政の始まりとされる。[ 1 ]はカエサルのようにならないように,元老院にも属州の一部の統治を任せ,共和政の伝統を尊重し,自分は市民のなかの第一人者()に過ぎないと自称した。そのため,帝政前期はと呼ばれる。
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II-14. 「ローマの平和」
年の帝による帝政の開始からまでの約200年間は「ローマの平和()」というローマの最盛期である。ローマ風の都市が各地に造られ,現在まで続く都市もある。現在のロンドンは,パリは,ウィーンはと呼ばれていた。インド洋での季節風貿易も行われ,ローマはアジアから絹・香辛料などを輸入し,ブドウ酒・金貨などを輸出した。当時の貿易事情は,『』に述べられている。
II-15. 五賢帝
96年に即位したから5人の皇帝をと呼ぶ。この間,各皇帝は自分の子に帝位を継がせることはなく,元老院議員の最も有能な人物を養子として帝位を継がせた。2番目ののときに現在のルーマニアにあたるを属州とし,東方ではメソポタミアを一時征服して最大版図を築いた。その次のは防衛に努め,現在のイギリスに当たる属州に長城を築いた。[ 2 ]最後の皇帝がで派の哲人皇帝としても知られ,『』をギリシア語で著した。また,『後漢書』のは[ 7 ]とされる。