マルクス主義の立場から,17世紀にイギリスで勃発した革命・革命,アメリカ独立革命やフランス革命を市民革命とする見方があった(参照IV-57)。この見解は絶対的な権力を振るう絶対王政を市民(ブルジョワジー)が倒すという視点でとらえるものであるが,現在では絶対王政自体をそのようにはとらえない(参照IV-38)。18世紀半ばから19世紀のヨーロッパが直面する課題は,産業革命という工業化であり,国民国家の形成である。産業革命は農業社会を工業社会に変えるだけでなく,社会生活や人々の行動様式も大きく変えるものであった。また,フランス革命以前には人々はギルドの一員や貴族の一員といった集団の一員として暮らしていたが,フランス革命はこれらの集団や身分を廃して,個々人を平等な国民として国家に結びつけることを求めた。アメリカ独立革命・フランス革命といった民主政治を求める革命と産業革命をあわせて,「二重革命」とするとらえ方もある。
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V-2. 産業革命
産業革命は,にの工業に始まり,19世紀に他の国に広まっていった。産業革命は,産業だけにとどまらずに社会構造を大きく変えていった大変革である。産業革命によって,工場制機械工業が行われるようになると,従来の家内工業や手工業は没落し,工場を経営するが台頭した。一方,賃金をもらって工場などで働くが出現した。こうして,資本家が労働者を雇って商品生産を行うことで利潤を追求する体制が確立した。また,産業革命は労働問題や社会問題を生み出し,それを解決する思想として思想なども誕生させた。
V-3. イギリス産業革命の背景
イギリスで最初に産業革命が起きた原因は次のようなものがある。(1)絶対王政期の政策,大西洋三角貿易の一環で行われた,そして(工場制手工業)による資本の蓄積。(2)絶対王政期の戦争において,17世紀に,18世紀にを破って広大な海外市場を確保したこと。(3)農業革命の進行にともなって第2次が進み,土地を失った農民が都市の工業労働者となったこと。(4)石炭・鉄などの資源に恵まれていたこと。(5)17世紀におきた革命以来,自然科学と技術の進歩がめざましかったこと。(6)17世紀以降,会社がインドからもたらした織物が爆発的な人気を呼び,[ 9 ]織物の国産化が図られた。
V-4. 農業革命
18世紀のイギリスで生じた農業上の変革のこと。ヨーロッパの農業では,10~11世紀に普及したが行われていたが,大麦・クローヴァー・小麦・カブの順に4年周期で輪作を行うと休耕地が不要であることがわかった。そこで,18世紀に4つの作物を順に植える四輪作農法である農法が広まり,これにともなってを目的とした第2次(エンクロージャー)が進行した。議会の奨励で進められた[ 4 ]で,農業労働者を雇う的大農場経営が確立した。[ 4 ]で土地を失った農民は,農業労働者や都市の工業労働者となった。こうしてできた都市に流れ込んだ労働力が,産業革命を促進させた。
V-5. 二つの囲い込み
百年戦争後に発展してきたイギリスの工業を背景に,16世紀を中心にのために地主が小作人から土地を取り上げたのが第1次囲い込み。この運動は政府により禁止された的なもので,が『ユートピア』で風刺した。四輪作農法である農法の広まりを背景に,を目的として18~19世紀初頭に行われたのが第2次囲い込み。この運動は,議会が奨励した的運動で,農業労働者を雇う的大農場経営を成立させた。
V-6. イギリス産業革命:機械の発明(1)
大西洋三角貿易でもたらされた綿花を原料として,綿工業が発達した。が毛織物工業用に発明した飛び杼(梭)が綿工業に転用されると,紡績工程と織布工程での発明があいついだ。まず紡績工程において,のジェニー(多軸)紡績機,の水力紡績機,のミュール紡績機が発明され,綿糸が大量に生産された。それを受けて,織布工程においてが蒸気機関を利用したを発明した。初めカリブ海からもたらされた綿花は,アメリカのが綿繰り機を発明したのち,アメリカ合衆国の南部から大量に供給されるようになった。
ラテン語で水は「アクア」というので「アクアの水力」。クロンプトン,ハーグリーヴズの方は人名と発明品の最初の一文字を取って,「組の恥」と覚えよう。
V-7. イギリス産業革命:機械の発明(2)
蒸気機関は18世紀初めにが実用化していたが,効率が低く炭鉱の排水用として用いられた。1769年にが蒸気機関を改良すると,カートライトのに使用された。また,1814年にが蒸気機関車を製作し,1825年にストックトン・ダーリントン間の走行に成功した。1830年には,・リヴァプール間で営業運転が始まった。また,アメリカ人のが蒸気船を実用化した。
V-8. イギリス産業革命:交通革命と製鉄法の発明
による蒸気機関車,アメリカ人による蒸気船の発明は,交通・運輸上の一大変革をまきおこした。19世紀におきたこの変革を革命と呼ぶ。産業革命における新たな発明は,機械工業の発達を促し,それは機械の原料である鉄をつくる鉄工業に及んでいった。鉄工業においては,はじめ木炭を燃料に使っていたが,森が伐採されて「森林の枯渇」という環境破壊が進んだ。そこで,は石炭を加工して用いるコークス製鉄法を開発し,鉄の大量生産が可能となった。
V-9. 新興大都市の出現
産業革命は伝統的な生活様式を変えていったばかりか,人口の都市集中を生み出し,新興の商工業大都市が出現した。綿工業都市として発展した,産業革命以後はその外港として発展した,製鉄業・機械工業で発展したなどは,産業革命が始まって以来100年間で人口は10倍以上に増えた。だが,こうして発展した大都市に住んでいた産業資本家や労働者といった新たな住民には選挙権が与えられていなかったため,19世紀前半の改革において選挙法改正が大きな課題の一つとなった。
V-10. 産業革命に伴う社会問題
産業革命は,公害などの環境汚染を生んだだけでなく,労働者が公衆衛生の状態の悪いスラム街にすんだため,コレラなどの伝染病が流行した。19世紀に入り,公衆衛生の意識が高まり,1848年には公衆衛生法が成立した。産業革命の初期には労働者の多くは読み書きができず,初等教育の問題も発生した。この問題に対しては,1870年に党の内閣がを制定して,公立学校の増設をはかった。