17世紀,イギリスを中心に自然科学の大転換がおき,近代の自然観・科学技術を生み出すきっかけがもたらされた。これをという。『プリンキピア』で万有引力の法則を唱えた物理学者や,気体力学の土台をつくったは近代科学の基礎を築いた。また,イギリスの生理学者は血液の循環を立証し,イギリスの医師は18世紀末に種痘法を開発して,予防接種を創始した。フランスの天文学者は宇宙進化論を唱え,18世紀のフランスの化学者は質量保存の法則を立てた。18世紀のスウェーデンの植物学者は植物分類学を確立した。
カテゴリー別アーカイブ: 17~18世紀の文化
IV-91. 17~18世紀の文化:哲学(1)
実験と観察の結果から一般法則を導くによるを説いたイギリスのと,疑いようのない原理から論理的な推論によって必然的な結論を導くによるを主張したフランスのらが,近代哲学への道を開いた。ニュートンとは別に微積分法を考案したことでも知られるドイツの哲学者・数学者であるは,神の予定調和のもとにある,分割不可能な単子から世界がなるとする単子論を説いた。
デカルトの著作『方法叙説』のなかにある「われ思う,ゆえにわれあり」という言葉は,すべての存在を疑ってみたうえで,疑う自分の存在を確信するというデカルトの方法をよく示している。
IV-92. 17~18世紀の文化:哲学(2)
ドイツの哲学者はイギリスのと大陸のを総合して,批判哲学を打ち立て,の祖となった。フランスの科学者・哲学者のは「人間は考える葦」であるという言葉で有名な『パンセ(瞑想録)』を残した。ユダヤ系オランダ人の哲学者はあらゆるものに神が宿り,一切は神と同一と考える汎神論を唱え,教会からは無神論として異端視された。
『』『実践理性批判』『判断力批判』を[ 1 ]の三大批判書という。
IV-93. 17~18世紀の文化:政治思想(1)
フランス教会の教皇権からの独立(ガリカニスム)を主張した,フランスのは絶対王政を正当化するイデオロギーであるを唱えた。これに対して,人類に普遍的に通用する法という考えにもとづく思想が生まれ,国家の起源を自由・平等な個人間の契約に求めると結びついて,絶対王政に対抗する武器となった。オランダの法学者は,ドイツの三十年戦争の惨禍を見て,『』を著して「の祖」「近代[ 3 ]の父」と呼ばれる。また,[ 5 ]は中継貿易を行っていたオランダの利害を擁護する『』を著して,貿易・公海の自由を主張した。
IV-94. 17~18世紀の文化:政治思想(2)
自然法思想を基礎として,社会や国家の起源を自由・平等な個人間の契約に求めるが生まれた。イギリスのは『』のなかで自然状態を「万人の万人に対する闘争」と説き,その混乱を避けるために契約を結んで,国家を形成しなければならないと主張した。だが,[ 2 ]が説く国家主権は絶対的なものであったため,絶対王政を擁護する立場であった。これに対しては,イギリスで1688~89年に起きた革命を正当化するために,『』で君主が契約に反した場合には人民に革命権があると説いた。この革命権の主張は,年のアメリカ独立宣言で用いられた。
IV-95. 17~18世紀の文化:政治思想(3)
18世紀のフランスでは,理性を重視し,合理的な思考を目指す思想が生まれた。は『』で三権分立を説いた。『(イギリスだより)』でイギリスの先進性を賛美したは,啓蒙専制君主に影響を与えた。は『』や『社会契約論』で人民主権論を主張した。とが編集した『』は,フランス啓蒙思想家の思想を集大成したものである。
IV-96. 17~18世紀の文化:経済学
絶対王政期の経済政策であるを批判して,富の源泉を土地に求め,経済活動のを主張するが18世紀後半のフランスで生まれた。『経済表』を著し,「[ 3 ]の祖」といわれるや,フランス革命前に財政改革を試みた財務総監が[ 3 ]を代表する。産業革命が始まったイギリスでは,が『』(『国富論』)を著し,[ 2 ]主義にもとづく古典派経済学を開いた。
IV-97. 17~18世紀の文化:建築・美術(1)
17~18世紀のヨーロッパ文化は君主の宮廷生活と結びついたもので,豪壮華麗な美術がフランスとスペインで流行した。フランスのルイ14世は[ 1 ]様式の宮殿を完成させた。絵画では,「マリー=ド=メディシスの生涯」などを描いたフランドル派の,チャールズ1世の宮廷画家として活躍したフランドル派の,「女官(ラス・メニナス)」を描いたスペインの宮廷画家,「聖母昇天」などの宗教画を描いた,「夜警」を描いたオランダのなどが活躍した。「真珠の耳飾りの少女」などの作品で知られるオランダのは市民の日常生活を描いたが,屋内に差し込む光などの繊細な表現に優れている。
IV-98. 17~18世紀の文化:建築・美術(2)
18世紀になると,豪壮華麗な美術にかわって,繊細優美な美術が広まった。プロイセンのフリードリヒ2世がポツダムに建てた宮殿は,[ 2 ]様式の宮殿として名高い。「シテール島の巡礼」を描いたフランスのは[ 2 ]様式の代表的画家である。
IV-99. 17~18世紀の文化:音楽
17~18世紀には豪壮華麗な音楽が流行した。多くの教会音楽を残したドイツのや,ドイツ生まれで後半生はイギリスの宮廷音楽家として活躍したがその代表である。18世紀後半には音楽が誕生した。「交響曲の父」と呼ばれるオーストリアの作曲家,交響曲「ジュピター」などを残した,[ 4 ]音楽を集大成して19世紀前半に生まれる派音楽への道を開いたがその代表である。