19世紀半ばにイギリスは「」と呼ばれ,その経済力・軍事力を背景に覇権を築いていた(「」)。しかし,このイギリスの覇権は1870年代から陰りを見せ始める。1873年から始まった「大不況」と呼ばれる長期的な世界不況は,欧米諸国の経済構造の再編を促した。1870年代から,とを動力源として,重化学工業を主体とするが進行した。しかし,(第1次)産業革命を達成していた先発工業国のイギリスは産業構造の転換に乗り遅れた。[ 5 ]をいち早く達成した国は,南北戦争の危機を乗り越えたと,1871年に統一を達成したであった。1890年代に[ 6 ]の工業生産力はイギリスを抜き,さらに1910年頃にイギリスは[ 7 ]にも追い抜かれた。この状況下,イギリスはもはや「[ 1 ]」ではなくなり,世界各地へ投資することで利益を得る「」となった。経済的に台頭したドイツは,「[ 2 ]」を謳歌するイギリスに挑戦し,第一次世界大戦へ向かうことになる。
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VI-2. 資本主義の変容
第2次産業革命で誕生した重化学工業などの新産業は巨額の資本が必要とされたので,少数の大企業は資本の調達と相互の利益を守るために,独占体を形成した。同一業種の企業が独立性を維持しながら価格などに関して協定を結ぶ企業連合()や,同一業種の企業が単一の巨大資本に吸収・合併される企業合同()が展開された。この時期は,産業資本と銀行資本が結びついたの役割が増大し,ドイツや日本では大銀行を中心として異なる業種・企業が結びついたが生まれた。
トラストはアメリカで発達し,ロックフェラーが結成したスタンダード石油トラストが代表である。
VI-3. 帝国主義の成立
19世紀後半に資本主義は,自由競争の時代から,少数の巨大企業が市場を支配するの時代に入った。この時期,欧米諸国は国内の余剰資本を後発国や植民地に投資するを行うが,その資本の投下先,原料供給地・市場を求めるようになる。その対象となったのがアジア・アフリカであり,武力をもって植民地や勢力圏を獲得しようとした。この動きが帝国主義である。帝国主義は,当時高まっていた労働運動や社会主義運動に対して,国内統合の手段としても必要とされた。このことは,ケープ植民地首相であったが内乱を防ぐには植民地が必要であると発言していることにあらわれている。欧米諸国が競って軍備を増強して対外膨張政策を展開していった背景としては,1870年代からイギリスの経済力が低下して,」と呼ばれるイギリスの覇権が陰りを見せるようになった結果,イギリスに挑戦することが可能となったことが上げられる。