戦国時代に農具やが普及すると,農業生産力が次第に高まり,それまでの集団農耕に代わって家族単位での農業経営が可能となり,氏族制が崩れていった。また,貨幣も用いられるようになり,新興の商人層が成長した。このような社会経済の変化にともなって,周代の世襲的な身分制度はくずれ,実力本位の傾向が強まった。戦国時代の諸国は,富国強兵につとめ,農業や商工業の振興に努めた。さらに,戸籍を整備して家族単位の小農民を把握し,徴兵や課税を行うようになった。
[ 3 ]貨幣には,小刀を模した,農具の形を模した,中央にあながある円形の,楚で用いられた貝貨を模したがある。
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IX-12. 諸子百家(1)
春秋戦国時代に世襲的な身分制や氏族制が崩れると,新しい社会秩序を説く思想家や学派が数多く現れ,諸国の君主も有能な人材の登用を図った。これらの思想家や学派を総称してという。[ 1 ]のなかで後世に最も大きな影響を与えたのは,漢代に官学とされ,それ以降正統教義とされたの思想である。[ 2 ]は春秋末期に現れたを祖とするが,[ 3 ]は孝や悌といった家族道徳から出発し,人に自然とそなわる道徳的心情()と規範()による社会秩序の実現を説いた。戦国時代の[ 2 ]であるは,人の本性をでとらえ,王道政治を説いた。また,は,人の本性をでとらえ,[ 5 ]による教化を説いた。[ 2 ]の経典のうち,『論語』はに,中国最古の詩集である『詩経』や魯(ろ)の国の年代記である『春秋』はに属す。
IX-13. 諸子百家(2)
儒家の孔子が説くに基づく愛を「差別的な愛だ」と批判したは無差別の愛()を説いた。また,[ 2 ]は自衛は認めるが,侵略行為を否定するを説いた。[ 2 ]の学派をという。・荘子を祖とするは,儒家や[ 5 ]の説を人為的だと批判し,人為を排して自然に従うを説いた。[ 8 ]を説く老荘思想は,や民間信仰の源流となった。
IX-14. 諸子百家(3)
法を重んじて信賞必罰を励行して,国を治めることを説くのがである。は前4世紀に秦に仕えて改革(変法)を行い,は[ 1 ]思想を大成し,は秦の始皇帝に丞相として仕えた。
[ 3 ]と[ 4 ]は儒家である荀子の弟子とされるが,[ 3 ]は[ 4 ]にはかられて獄中で死んだ。
IX-15. 諸子百家(4)
天体の運行と人間生活の関係をとしてまとめたのは,のである。の・は,兵法と国家経営を論じた。外交策を講じたのは秦と対抗する六国を同盟させた合従策を,は秦が六国それぞれと同盟を結ぶ連衡策を説いた。の公孫竜は論理学を説いた。は,君主も民も平等に耕作すべきとする平等説を唱えた。戦国時代の楚の詩文集『』には,の作品などが集められている。
[ 10 ]の公孫竜は,「白馬は馬に非ず」と説いたが,これは白と馬という2概念と馬という1概念は同じではないということ。