1960年,ソ連がアメリカの偵察機U2型機をソ連上空で撃墜し,米・ソは再び緊張関係に入った。東ドイツで農業の集団化が推進されると,東から西側に脱出する人々が急増したため,東ドイツ政府は61年に西[ 1 ]との境界線に壁を築いた([ 1 ]の壁)。62年,ソ連がにミサイル基地を建設すると,アメリカ大統領は撤去を求めて[ 2 ]を海上封鎖し,米ソによる核戦争の危機が発生した([ 2 ]危機)。最終的にソ連が譲歩し,ミサイル基地を撤去する合意が成立した結果,核戦争の勃発は回避された。それ以後,米ソは再び緊張緩和の方向に転じ,63年に米・英・ソ3国間でが締結された。
60年に核実験に成功したばかりのフランスと,まだ核実験に成功していなかった中国は[ 4 ]に調印しなかった。その後,中国は64年に核実験に成功した。
カテゴリー別アーカイブ: 冷戦の展開
VIII-19. アメリカの指導力低下(1)
1965年から始まったベトナム戦争の長期化はアメリカの財政と社会に深刻な影響を与えた。ベトナム反戦運動の高まりと68年の解放民族戦線側の奇襲攻撃(テト攻勢)を受けて,ベトナムへの本格的軍事介入を決定した大統領は再選を断念し,69年にのが大統領に就任した。[ 3 ]大統領は北ベトナム・解放戦線側と和平交渉を進めるとともに,北ベトナム・解放戦線側を援助していたソ連と中国にも対応した。ソ連とは69~72年にかけて第1次(SALT I)を進めて関係改善を図るとともに,中国に接近することによってソ連を牽制した。72年,[ 3 ]大統領が訪中して事実上中国を承認した上で,73年にを結び,ベトナムから米軍を撤退させた。
ベトナム戦争の開始年については諸説ある。ジュネーヴ休戦協定後にできた南ベトナムをアメリカは支援するので,ジュネーヴ休戦協定成立の1954年とする説。南ベトナム解放民族戦線ができた60年とする説。65年は,アメリカが北ベトナムを爆撃し,地上軍を派遣した年である。
VIII-20. アメリカの指導力低下(2)
1944年の会議以後,唯一金と交換できるアメリカのドルは国際経済の基軸通貨であった。だが,西欧諸国や日本が経済を回復させると,アメリカのドルが海外に流出し,ドルの価値が60年代に揺らぎ始めた。ベトナム戦争の莫大な戦費がドルの信用をさらに低下させ,71年にアメリカ大統領はドルと金の交換停止を発表した(ドル=ショック)。国際通貨体制は大きく動揺し,73年にはに移行して,[ 1 ]体制は崩壊した。73年の中東戦争を機におきたは西側先進工業国の経済に深刻な打撃を与えた。こうした世界的な経済・政治問題を協議するために,75年からが開催されるようになった。
[ 6 ]参加国は,第1回が米・英・仏・日・西ドイツ・イタリアの6か国,第2回からカナダも参加してG7となり,97年からロシアが参加してG8となった。だが,ロシアがクリミア半島を併合し,ウクライナ内戦に軍事介入したことをもって2014年にロシアの参加は停止されており,現在はG7である。
VIII-21. 1970年代におけるヨーロッパでの緊張緩和
1969年,西ドイツにを中心とする連立政権が誕生し,首相はソ連や東欧諸国との関係改善をめざすを展開した。72年に東西ドイツは相互に承認し合い,翌年両国はに加盟した。75年,フィンランドのでアルバニアを除く全ヨーロッパ諸国とアメリカ・カナダが参加して全欧安全保障協力会議が開催され,主権の尊重や武力不行使などをうたった[ 5 ]宣言が採択された。
米ソは,72年に第1次(SALT I)を妥結し,さらに79年に第2次[ 6 ](SALT II)に合意していた。70年代の緊張緩和をと呼ぶ。
VIII-22. 新冷戦と冷戦の終結
1979年,ソ連がに軍事侵攻すると,70年代の緊張緩和()が終わり,「新冷戦(第2次冷戦)」といわれる東西対立が激化した。「強いアメリカ」を唱えたアメリカの大統領は宇宙空間における戦略防衛構想(SDI)などの軍備拡張を推進した。軍備拡張は米ソ両国の財政や経済に深刻な影響を及ぼした。アメリカでは財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」が深刻化し,アメリカが世界最大の債務国となると,1985年ので日・米・英・仏・西独がドル高是正の協調介入を行うことが容認された。一方,社会主義体制がいきづまっていたソ連にはさらなる大きな負担を強いた。85年に書記長に就任したは,情報公開()による言論の自由化,改革()を提唱し,さらに「」と呼ばれる協調外交で冷戦の終結を図った。87年にで核軍縮が行われ,米ソ間の緊張緩和が進んだ。89年にソ連軍が[ 1 ]から撤退し,同年アメリカ大統領と[ 5 ]が地中海の島で会談し,冷戦の終結を宣言した。
ソ連の[ 1 ]侵攻の背景は,安全保障上の問題のほかに,79年に起きた革命によって盛り上がってきたイスラーム復興運動がソ連国内に飛び火することを恐れたことがある。