VI-35. バルカン問題(1)

バルカン半島では1870年代からオーストリアとロシアの対立があらわとなった(参照:VI-19)。オーストリアは1878年に開催された [ 1.ベルリン ] 会議で, [ 2.ボスニア・ヘルツェゴヴィナ ] の行政権を獲得した。1908年にオスマン帝国で [ 3.青年トルコ ] 革命が勃発すると,オーストリアは[ 2 ]を併合した。これに対し,スラヴ系住民の併合をねらう [ 4.セルビア ] がオーストリアへの反感を強めていった。ここに,ロシア・[ 4 ]の [ 5.パン=スラヴ ] 主義と,ドイツ・オーストリアが掲げる [ 6.パン=ゲルマン ] 主義が激しく対立するようになった。
check_icon6[ 3 ]革命を機に, [ 7.ブルガリア ] がオスマン帝国からの独立を宣言した。