ポルトガルは東へ,スペインは西に向かったことを受けて,1493年にローマ教皇が両国を調停して,大西洋にひかれた子午線の東側をポルトガル領,西側をスペイン領とする植民地分界線(教皇子午線)が設定された。翌1494年に両国は協議して,前年に設定された教皇子午線を西方に移すことに同意し,条約を結んだ。この新たにひかれた分界線によれば南アメリカの一部がポルトガル領となっており,年にポルトガルのがブラジルに漂着すると,ポルトガルは[ 1 ]条約をもってブラジルをポルトガル領とした。
人名「カブラル」の中には「ブラジル」の中の3文字が含まれているよ。