朝鮮戦争が勃発したことでアメリカは日本との講和を急いだ。1951年,日本は,社会主義国やインドなど一部のアジア諸国が参加しないなか,米英など48カ国と講和条約(平和条約)を締結して独立を回復し,朝鮮・台湾・南樺太・千島列島を正式に放棄した。同時に,日本はを結び,アメリカ軍の駐留を認め,アメリカが日本の防衛義務を負うこととなった。これにより日本は,冷戦下,アメリカを中心とする自由主義陣営の一員となった。
(1)アメリカは[ 1 ]講和会議に中華民国のみを招待しようとしたが,中華人民共和国を承認していたイギリスが中華人民共和国の参加も主張したため,どちらとも招待されなかった。(2)日本の領土は,ポツダム宣言に基づいて,本州・北海道・九州・四国とその周辺の島々に限られた。終戦間際にソ連が占領した歯舞・色丹・国後・択捉の北方4島は,現在もロシアが占領し続けている。(3)[ 1 ]講和条約後も,奄美,小笠原,沖縄はアメリカの施政権下に置かれ,奄美は1953年,小笠原は68年,沖縄は年に日本に復帰した。