XII-55. 日露戦争(1)

朝鮮は,日清戦争の最中から身分制や科挙制度の廃止するなどの近代化を進めた。日清戦争後, [ 1.閔妃(びんひ) ] 政権はロシアに接近して親日派を排除したため,日本公使らが[ 1 ]を殺害した。1897年,朝鮮は国号を [ 2.大韓帝国 ] と改めて皇帝の称号をもちい,清や日本と対等であることを示した。中国で1900~01年に起きた [ 3.義和団事件 ] に際し,ロシアは中国東北地方(満洲)を占領し, [ 4.北京議定書 ] (辛丑和約)が結ばれたのちも撤兵しなかった。中央アジアと中国でロシアの南下の圧力を受けていたイギリスは, [ 5.南アフリカ戦争 ] (ボーア戦争)を戦っていて余力がなかったため,1902年に [ 6.日英同盟 ] を結んでロシアに対抗した。 [ 7.門戸開放 ] を唱え,ロシアの南下を警戒していたアメリカも日本を支援した。この情勢下,ロシアが朝鮮半島に対する圧力を強めたため,日本の安全保障が脅かされた。その結果,日本はロシアとの開戦を決意し, [ 8.1904 ] 年に日露戦争が勃発した。イギリス・アメリカは財政面などで日本を支援した。一方, [ 9.露仏同盟 ] を結んでいたフランスはロシアを支援した。
check_icon6(1)[ 6 ]を結んでいたイギリスと,[ 9 ]を結んでいたフランスは,同盟関係において敵対していたため,日露戦争が勃発すると協議を行い, [ 10.英仏協商 ] を締結した(参照:VI-15)。(2)[ 9 ]はドイツに対抗するものであったが,ドイツはバルカン半島でロシアと対立していたため,ロシアの関心をヨーロッパからアジアに向けさせるため密かにロシアの極東政策を支援していた。