X-45. オスマン帝国の拡大

16世紀初めに即位したオスマン帝国の第9代スルタンの [ 1.セリム1世 ] は,イランにおこった新興の [ 2.サファヴィー ] 朝を撃退し,1517年に [ 3.マムルーク ] 朝を滅ぼしてシリア・エジプトを支配下に置いた。その結果,[ 3 ]朝の管理下にあったイスラーム教の聖地である [ 4.メッカ ] [ 5.メディナ ] を支配下に置き,オスマン帝国は [ 6.スンナ ] 派イスラーム教の中心勢力となった。
check_icon6(1)ドイツでは,1517年にルターが [ 7.九十五カ条の論題 ] を発表した。(2)かつては,[ 3 ]朝を滅ぼした時にアッバース家カリフから禅譲を受け,スルタン=カリフ制が成立したといわれた。しかし,これを裏付ける史料はなく,スルタン=カリフ制の概念は,ヨーロッパ諸国の進出に対抗して内外のムスリムへの影響力を強めるために,18世紀末に主張されるようになったと,今日ではされている。