16世紀初めに即位したオスマン帝国の第9代スルタンのは,イランにおこった新興の朝を撃退し,1517年に朝を滅ぼしてシリア・エジプトを支配下に置いた。その結果,[ 3 ]朝の管理下にあったイスラーム教の聖地であるとを支配下に置き,オスマン帝国は派イスラーム教の中心勢力となった。
(1)ドイツでは,1517年にルターがを発表した。(2)かつては,[ 3 ]朝を滅ぼした時にアッバース家カリフから禅譲を受け,スルタン=カリフ制が成立したといわれた。しかし,これを裏付ける史料はなく,スルタン=カリフ制の概念は,ヨーロッパ諸国の進出に対抗して内外のムスリムへの影響力を強めるために,18世紀末に主張されるようになったと,今日ではされている。