IX-108. 後金の成立

ツングース系の [ 1.女真 ] (のちに満洲(州),マンジュと改称)は中国東北地方の東部で半農・半猟・半牧の生活を営み,明の間接統治下にあったが,明の富裕層の間で中国東北地方の特産品である毛皮や薬用ニンジンの需要が高まると,[ 1 ]諸部族間の抗争が激化した。16世紀末に明から自立した [ 2.ヌルハチ ] (太祖)が[ 1 ]を統合し,1616年に [ 3.後金(満州語でアイシン) ] を建国した。[ 2 ]は,[ 1 ]人の社会制度に立脚した軍事組織である [ 4.八旗 ] を編成し,モンゴル文字を応用した [ 5.満洲(州)文字 ] をつくるなど国家体制を整えて,明軍を破って中国東北地方を支配した。
check_icon6(1)モンゴルのオゴタイ(オゴデイ)に1234年に滅ぼされた金に対して「後金」という。(2)満洲(州)は女真に代わる民族名であるが,のちに中国東北地方をさす地域名として用いられるようになった。