15世紀に始まるにおいて,ヨーロッパ人は世界各地に進出して世界の一体化が始まった。これを背景に,16世紀になると,国際商業が活発化した。これにともない,明による内陸と海上における貿易統制政策を破って貿易の利益を得ようという動きが活発化した。北方では,のが侵入を繰り返し,南方では民間貿易を禁じたを破って海上での密貿易や海賊行為が再び激化した()。これらの明による貿易統制に対抗する動きを「」と呼ぶが,明は従来の貿易統制政策をとることが出来ず,16世紀後半に政策を転換した。北方では,[ 3 ]と講和を結び,[ 3 ]を冊封した上で,交易に応じた。南方では,[ 4 ]をゆるめたが,民間貿易を全面的に認めたものではなく,明から日本への渡航は禁止されたままであった。