IX-50. 冊封体制

古来より,中国の中華王朝と周辺諸国との交渉は, [ 1.朝貢 ] という独特の方式を通じて行われた。これは,周辺国の使節が貢ぎ物をもって,中国の皇帝に謁見(えっけん)し,その見返りとして皇帝は貢ぎ物以上の品物を贈るもので,外交儀礼であるとともに交易の側面を持っていた。さらに,諸侯に一定の土地を封土として与える封建制の形式を適用して,[ 1 ]国の君主や首長に爵位(しゃくい)や官位を与えて,その統治を認める [ 2.冊封(さくほう) ] を中華王朝は行った。中国皇帝と周辺諸国が,形式上の君臣関係で結ばれたこの国際秩序を[ 2 ]体制と呼ぶ。漢代に形成されたこの体制は,宋・元代のように北方民族が強い時代には消滅するが,その後復活し,19世紀後半に清仏戦争・日清戦争に敗れるまで存続した。
check_icon6[ 1 ]したすべての国が[ 2 ]を受けたわけではない。渤海をたてた [ 3.大祚栄(だいそえい) ] は渤海郡王に封じられて冊封を受けているが,遣唐使を派遣した日本は朝貢のみで冊封は受けていない。