XII-9. ロシアの東方進出(1)

16世紀後半の [ 1.イヴァン4世 ] のときに [ 2.イェルマーク ] がシベリアを探検して以来,ロシアはシベリアを東進し,17世紀前半に太平洋岸に到達した。さらに,ロシアは [ 3.黒竜江 ] (アムール川)方面への進出を図り,清と衝突した。1689年,清の [ 4.康煕帝 ] とロシアの [ 5.ピョートル1世 ] のとき,両国は [ 6.ネルチンスク ] 条約を結び,アルグン川とスタノヴォイ山脈(外興安嶺)を国境とした。さらに,1727年,清の [ 7.雍正帝 ] のとき [ 8.キャフタ ] 条約が結ばれ,モンゴルの国境線が定められ,交易場が設けられた。また,[ 5 ]はベーリングに探検を行わせ,ベーリング海峡と [ 9.アラスカ ] を確認したほか,カムチャッカ半島も探検した。1792年, [ 10.エカチェリーナ2世 ] は鎖国中の日本に [ 11.ラクスマン ] を派遣し,日本との通商を求めたが,江戸幕府は拒否した。