大韓民国(韓国)の初代大統領は独裁的な反共親米政策をとっていたが,学生を中心とする民主化運動が高まり1960年に辞任した。翌61年に軍事クーデタで政権を掌握したは,経済開発を名目に強権的な独裁体制を維持するを行った。[ 2 ]は,65年に韓国内の反対を押し切ってを締結して日本との国交を樹立するとともに,日本からの莫大な経済援助を得た。また[ 2 ]は,外資を導入して輸出工業の育成を図った結果,韓国は70年代に経済発展を遂げ,(NIES)の一員となった。79年に[ 2 ]が部下によって暗殺されると,軍部によって戒厳令が敷かれた。80年に韓国南西部の市で学生や労働者による民主化を要求する運動が起きたが([ 6 ]事件),軍部によって弾圧され,軍人の全斗煥(チョンドゥホアン)が大統領になり,[ 3 ]を継続した。
(1)[ 5 ]は1970年代に急速に経済成長を遂げた国や地域を指すが,韓国のほかに,香港・台湾・シンガポール・ブラジル・メキシコ・アルゼンチンなどが含まれる。(2)1998年に大統領となるは,[ 6 ]事件の首謀者とされて死刑判決を受けたが,国際世論の批判を受けのちに減刑され,釈放された。