XII-6. 欧米諸国との不平等条約締結

アヘン戦争の講和条約である [ 1.南京条約 ] が結ばれた翌年の1843年に清は,イギリスと五港(五口)通商章程を結び,外国人犯罪者の裁判を清ではなく外国領事が行う [ 2.領事裁判権 ] を認めた。また, [ 3.虎門寨(こもんさい)追加条約 ] で次のことを認めた。(1)清がイギリス以外の第三国と結んだ条約の待遇がイギリスにも適用されるという [ 4.最恵国待遇 ] 。(2)関税率を協定で定め清は変更できないこと( [ 5.関税自主権 ] の喪失)。(3)開港場におけるイギリス人の土地租借権と居住権。清は,1844年にアメリカと [ 6.望厦条約 ] ,フランスと [ 7.黄埔(こうほ)条約 ] を結び,イギリスと同様の権利を認めた。これらの条約はのちに不平等条約と呼ばれるようになるが,当時の清は不平等性をまだ強く意識していなかった。また,周辺諸国との古来から続いてきた冊封・朝貢関係もいまだ存続していた。
check_icon6(1)土地租借権と居住権はのちに,清の主権が及ばない外国人居留地である [ 8.租界 ] に発展した。1845年にイギリスが上海に開設したのが最初であった。(2)アメリカと[ 6 ]の組合せは,ゴロで「アメリカは若い国なので望みがある」と覚えよう!!