XII-3. 三角貿易

17~18世紀のヨーロッパで起きた「生活革命」が進むなか,紅茶を飲む習慣が普及し,イギリスにおいても中国茶への需要が急速に高まっていた。だが,産業革命で生産を増大させた [ 1.綿製品 ] は中国では売れず,大量の銀が中国に流出する片貿易の状態に陥っていた。そこで,イギリスは産業革命で生産した[ 1 ]をインドに,インド産の [ 2.アヘン ] を中国に,中国から茶をイギリスに運ぶ [ 3.三角貿易 ] を行うようになった。中国国内では密貿易によってもたらされた[ 2 ]の吸引が広がり,大量の銀が国外に流出するようになった。
check_icon6インドはキャラコと呼ばれるインド産綿布を世界中に輸出していたが,イギリスの機械生産による安価な綿布がインドに流入し,1810年代末にはイギリス綿布の輸入が輸出額を上まわるようになり,インドの在来の手工業は崩壊した。その結果,19世紀前半のインドは,綿花や藍などをイギリスに,アヘンを中国に輸出する原料供給地に転落した。なお,三角貿易には大西洋を舞台に17~18世紀に行われた三角貿易(参照:IV-88)があるので,違いを明確にするように。